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下【天皇・皇族】は、半島人?
3:李氏朝鮮 李王朝 李家 3/26 21:7
金大中韓国大統領、高円宮さまご夫妻とともにサッカーW杯決勝戦を観戦される天皇、皇后両陛下
(2002年6月30日、横浜国際総合競技場)
戦前、朝鮮の「李王朝」最後の皇太子に嫁いだ日本の女性皇族がいた。香淳皇后のいとこにあたる李(旧名・梨本宮)方子(まさこ)さん。1989年(平成元年)4月に87歳で亡くなった。
日本の朝鮮支配のためのいわゆる政略結婚だった。本人が知らぬうちに婚約が決まった、と述懐している。戦後の韓国社会で、障害者福祉に情熱を傾けた。
晩年、日本の病院で入退院を繰り返したが、「運命だから韓国で死にたい」と望んだ。ソウル市での葬儀に、天皇、皇后両陛下は弔花を届けられた。
日本と朝鮮半島をめぐる悲話のひとつだ。陛下にとっては、縁者の生涯を通じて知る、近現代史のひとこまである。
90年5月。盧泰愚韓国大統領が国賓として来日した際、陛下は、宮中晩さん会で「我が国によってもたらされたこの不幸な時期に、貴国の人々が味わわれた苦しみを思い、私は痛惜の念を禁じえません」とあいさつされた。
一方、大統領は、「韓国国民はいつまでも過去に束縛されていることはできません」と応じた。
未来志向と、歴史問題に根ざす対立。政府は86年、昭和天皇の名代として当時の皇太子(今の天皇陛下)の訪韓を計画した。が、皇太子妃美智子さまのご病気など様々な事情で中止を決定。それ以来、実現の見通しは立っていない。
2002年(同14年)の日韓共催サッカー・ワールドカップ(W杯)は融和への糸口になることが期待された。W杯開催を控えた01年12月。誕生日の会見で陛下はこんな発言をされた。
「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」
仏教を軸とした文化交流の歴史に触れつつ、「ワールドカップを控え、両国民の交流が盛んになってきていますが、それが良い方向に向かうためには、両国の人々が、それぞれの国が歩んできた道を、個々の出来事において正確に知ることに努め、個人個人として、互いの立場を理解していくことが大切と考えます」と結ばれた。
「個人」という立場に力点を置かれた。国と国との交流には様々なレベルがある。国家間の外交。民間企業によるビジネス。個人同士の草の根の交流……。取り分け、自律した個人として過去を学び、相互理解を深める姿勢が両国の未来志向の前提である、とのメッセージだろうか。
07年1月。両陛下は、東京・JR新大久保駅で、線路に転落した人を助けようとして電車にはねられ、26歳の若さで死亡した韓国人留学生、李秀賢さんを題材にした日韓合作映画を鑑賞された。
上映後、両陛下は李さんの両親と懇談。「命を落とされて残念です」などと親しく言葉を交わされた。
今年1月、李さんの命日に訪日し、新大久保駅で献花を終えた父親の盛大さんを取材した。
「息子は韓日の懸け橋となるべく日本語を学んでいました。両国の関係が改善するよう切に願っています」と穏やかに語った。
陛下が希望を託された「個人としての相互理解」とは、このことなのだろう。
上次1-新書見写
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