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過去ログ倉庫@秋田ring

大曲の花火B
225: 8/23 19:35
たとえ豪雨でも、桟敷が流されない限り延期はナイナイ。
良くも悪くも花火の上にあぐらをかいてる街だもの…
70万人ものおいしい客らをみすみす逃すわけないわな
226: 8/23 19:39
≫223
雨降らないしw
227: 8/23 19:45
何処かのお馬鹿さんのお陰で、今年は北側の
無料席に立入禁止エリアが発生した模様。
228: 8/23 19:48
今さらだけど
秋田新幹線が開通する前の
大曲花火って観客はどれくらいだったのか
ご存じの方、教えてください。
宜しくお願いします
229: 8/23 20:11
花火一人で見に行こうかな…
23歳女。
230: 8/23 20:19
新幹線というよりかは地上波番組での紹介やBSの放映による認知度の上昇のがおうきいのでは。震災や不景気にも関わらず毎年観客数が増えてるのは凄いよねえ。
231: 8/23 20:20
秋田新幹線が開通する以前でも50万人
232: 8/23 20:50
>>230>>231
教えてくださってどうもありがとうございます
233: 8/23 20:57
晴れますよ。
234: 8/23 21:27
>>228
長文だけど

大曲商工会議所に興味深いデーターがある。大曲の花火の観客数の推移だ。1954年(昭和29年)から77(昭和52年)までは15万人前後で推移し、78年から84年までは20万人前後となっている。85年以降も20万人から25万人代だった。当時は桟敷を作っても完売するのさえ苦労した時代だった。今は桟敷席は販売と同時に売り切れる。
いずれ20万人前後の時代は雄物川河川敷での花火見学は寝転んでも観られたものが、「世界花火サミット」が開かれた90年の大会から観客数は爆発し、一挙に40万人を記録。さらに国際花火デザインフェアが開かれた92年には45万人と記録を伸ばした。このころから「大曲の花火」は車で来る人たちで市内は飽和状態となり、大渋滞を生むようになった。
一方、花火師たちも大観客を前にして燃えないわけにはいかない。大曲の大会では採算も度外視し、高い技術と品質の良さを導入、花火師の真剣勝負の舞台となった。それがさらに起爆剤となり、96年の第70回記念大会では50万人という大台を記録。そして97年の秋田新幹線開通、秋田自動車道の開通がさらに追い風となって98年からは60万人もの観光客を集める全国一の規模の大会となった。
1-

001-051-101-151-201-
251-301-351-401-451-
501-551-601-651-701-
751-801-851-901-951-
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